Emacsに出会う

なぜプログラミングをやらない(できない)文系人間の僕がEmacsに出会ったのか? そこに至るまでにはちょっとした紆余曲折がありました。

一番の要因は、メインで使っていたワープロソフトであるegword Universal 2が開発・販売中止となったことです(2018年にegword Universal 2はかつて開発に携っていらっしゃった方が設立した物書堂から見事復活しています)。

egwordの前は、これまたいろんなワープロを渡り歩きました。最初にワープロというものに触れたのは、まだコンピュータが普及する前だったので、いわゆるワープロ専用機でした。当時使用していたのは、いまは会社がなくなってしまいましたが、当時の三洋電機から出ていたSanword swp310(型番の記録は曖昧です)でした。一体型ポータブルですが、ノートブック型ではなく、AppleのLisaになんとなく似ている形状でした。画面が液晶ではなくCRTだったのでフォント表示が美しく、長時間画面を見ていても疲れませんでした。英文科は卒論を英語で書く必要があったため、それ以前から手書きではなくタイプライターで書かなければならなかったのですが、ちょうど僕たちの世代あたりから、タイプライターに代わりワープロで卒論を執筆する人たちが増えてきたと思います。

このワープロで、卒論、修士論文、その他投稿論文を3本くらい執筆したので、十分に元をとったと思っています。初期投資にお金がかかっても、その後の仕事で実質的にそれが回収できているならば、それでいいのでしょう。

その後事情があって博士後期課程を退学し、「大学教員フリーター」(要するに大学の非常勤の掛け持ち生活)時代に初めてのコンピュターである、MacのPerforma 6310を購入し、それにバンドルされていたのが、Appleのワープロソフトであるクラリスワークスでした。フリーター時代から最初の大学に就職してしばらくはこのクラリスワークス(後にAppleWorks)を仕事で使っていました。

クラリスワークスは軽くて、なによりもMacネイティヴのアプリでもあり、後にFileMakerに分離していくことになるデータベース的な機能あったので使いやすかったのですが、どこか「帯に短したすきに長し」的なところがありました。そこで別のワープロソフトをいろいろ試すことになりました。当時Mac版の発売が始まったMicrosoft Word、ほんの一時期だけ存在したMac版の一太郎、WordPerfect、ORGAI(←急に記憶によみがえってきました)などを取っ替え引っ替え試し、しばらくはNisus Writerをメインにしていた時期もありました。

Mac OSXのある時期のメジャーアップデートの時に、日本語インプットメソッドで使用していたATOKがカクカクと引っかかるような挙動になり、ストレスがたまってきたので、エルゴソフトのEGBRIDGEに移行。やっぱり最初期からMacの日本語インプットを開発していただけあって、EGBRIDGEはMacとの親和性がぴったりでした。これに合わせて、ワープロもEGWORD14に。この組み合わせが自分にはしっくりきたので、以後論文執筆、授業で配布するプリントの作成などすべてEGWORD+EGBRIDGEでこなすようになりました。原稿用紙モードや縦書きもガンガン使ってました。

その後インテルMacに合わせたegword Universal とegbridge Universal、そしてegword Universal 2とegbridge Universal 2と順調にアップデートが進んでいましたが、2008年にどちらも開発・販売中止に。ここから僕はワープロ難民(と日本語インプットメソッド難民)になりました。

村上春樹氏のように2008年以降も、egword+egbridgeの組み合わせでいまだに執筆を続けている方もいますし、僕もそのような方向性を追及することも一時は考えたのですが、いつ使えなくなるかという不安感に脅えながら使い続けるのは、それだけでストレスフルですし、これらのソフトが使えなくなることで、それまでの文書ファイルの蓄積が無駄になってしまうのは、研究者(教育者)にとって相当な損失でもあります。後継のワープロソフト探しが始まりました。

この時考えたのは、特定のソフトに依存するような仕事環境は危険である、ということです。そのソフトがなくなったら、研究が滞るというようなことは避けなければなりません。なので、文字データについては、(リッチ)テキストファイルで管理できるものにしようと決意しました。(リッチ)テキストファイルならば、使っているソフトが開発中止になっても、最悪文字データを救い出し再利用することはできるからです。

しかし、(リッチ)テキストファイルで論文や書類の作成を行い、あわせて、それなりに見栄えする配布資料なども作るとなると、それを満たしてくれるようなアプリはなかなかありません。以前使っていたNisus Writerが、これに近い存在なのかもしれませんが、自分にとっての使い勝手はいまいち。AppleのPagesも同様。イライラの日々が続きます。

これを打開すべく次に考えたのは、論文執筆と配布プリントの作成とを分離させるということでした。ひとつのアプリでやってしまおうとするから無理がある、という結論に達したのです。ちょうどその頃、学会誌の編集の仕事の際に、LaTeXの使い方を教えてもらいました。TeXならば、ワープロソフトを凌駕する美しい書類を作ることがわかったので、授業用プリントなどの作成は、これ以降LaTeXを使うことになります。LaTeXのソースファイルは、拡張子は.texですが、テキストファイルなので、将来的にTeXが一切開発されなくなっても(ちょっと考えにくい状況ですが)、過去のファイルから文字データを拾い出し、コマンドを除去すれば再利用できます。さっそく奥村春彦先生の『LaTeX美文書作成入門』を購入し、付属のCD-ROMで必要なソフトをインストールして、文字通りゼロから使い方を独習しました。論文作成の方は、フリーウェア時代から時折使っていた、Artman21(旧まつもと)のJedit Xで執筆し、提出する時にWordに貼り付けて整形する、というやり方に落ち着きました。

TeXを使うには、各種のコマンドを覚える必要があります。これがTeXに取り組もうとする初心者を挫折させる最大の要因でしょう。最初は\section{}などを、一文字ずつ手打ち。その後日本語入力の個人辞書に登録という方法をとるようになりましたが、どうしてもストレスがたまる。これを改善するには、LaTeXのソースファイルを作る時にメインで使っていたTeXShopでは、どうしてもうまくいかなかったのです。これをなんとかするために色々と探してみて行き当たったのが、Emacsというエディタで使えるらしいYaTeXというものでした。これを使えば、たとえばControl-c Control-bと打てば、うろ覚えのコマンドでもちゃんとbegin型の候補を示してくれます。

こうしてまずEmacsをインストールし(これをインストールしました)、その後(当時はまだEmacsのパッケージのインストールについては知らなかったので)YaTeXをダウンロードして、さて、いったいあの頃どうやって設定したのか、EmacsにもTeXにも慣れていない状態で、ネットの知識を探し回って、「呪文」を設定ファイルに書き込んで何とか使えるようにし、初めてコンパイルができた時は「うぉーーーーっ!!」と叫んだくらい感動しました。僕のEmacs歴は、YaTeXから入るという、ちょっと変わった始まり方でした。YaTeXを使いながら、Emacsの基本的なキーバインドも覚えていくという形だったのです。

ワープロ難民、日本語インプットメソッド難民だけではなく、メーラー難民でもあったので(ARENA Internet Mailerが開発中止になって以来ずっとメーラー難民です)、Emacsでもメールが使えると知って、これまた苦労してMewを使えるようにしたり、Emacs使いがハマる「なんでもEmacsでこなす」という呪いにとらわれるようにもなり、twittering-modeもインストールしてTwitterもEmacsでやったりもしました。ただしこの頃はEmacsで論文を書くということには目覚めておらず、後にhowmを使って小さなデータベースを構築するくらいでした。

こうやって、2009年くらいから僕はEmacsを使い始めるようになりました。

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